« 私たちの戦いの相手はサタンとその勢力 | トップページ | 謙虚に仕えることを努めよう »

2016/01/22

主キリストのお役に立つかどうか

それは私の切なる祈りと願いにかなっています。すなわち、どんな場合にも恥じることなく、いつものように今も大胆に語って、生きるにも死ぬにも私の身によって、キリストがあがめられることです。 ピリピ1:20
 周囲からの誤解と敵意に囲まれていた初期キリスト教界の中にも、パウロ投獄を好機として、「党派心をもって、キリストを宣べ伝えており、投獄されている私をさらに苦しめるつもり」(17節)の、反パウロの伝道者たちがいたことに驚く。  でももっと驚き感嘆すべきは、「見せかけであろうとも、真実であろうとも、あらゆるしかたで、キリストが宣べ伝えられているのであって、このことを私は喜んでいます」(18節)と、福音宣教の拡大を歓迎し、主キリストが崇められると喜んでいるパウロの姿勢だ。彼にとって中心は自分ではなく、徹底してキリストだ。投獄も非難迫害も、大問題ではない。主キリストのお役に立つかどうかであった。  これに倣いたい。

|

« 私たちの戦いの相手はサタンとその勢力 | トップページ | 謙虚に仕えることを努めよう »

今朝の聖句」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543924/63123775

この記事へのトラックバック一覧です: 主キリストのお役に立つかどうか:

« 私たちの戦いの相手はサタンとその勢力 | トップページ | 謙虚に仕えることを努めよう »