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2016/02/09

執事はひたすらに神と人とに仕えるし

執事もまたこういう人でなければなりません。謹厳で、二枚舌を使わず、大酒飲みでなく、不正な利をむさぼらず、きよい良心をもって信仰の奥義を保っている人です。 Ⅰテモテ3:8、9
 謹厳とは、誰もが尊敬され自ずと威厳を備えている人のことだ。教会の執事は牧師と同様に、普段の会話で非難やとげのある言葉や欺きを言わず、卑しい利得を求める心などを持っていてはならない。  執事は、キリストの十字架の血よってきよめられた良心(へブル9:14)という器に、福音という信仰の奥義を入れて保っていて、それに促された生活を展開している者だという。  執事は、ひたすらに神と人とに仕えるしもべだと自覚しよう。

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