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2016/05/06

先ずは神の下に帰ろう

人の子よ。預言して言え。主はこう仰せられると言え。剣、一振りの剣が研がれ、みがかれている。虐殺のために研がれ、いなずまのようにそれはみがかれた。われわれはそれを喜ぼうか。エゼキエル21:9~10
 わが子の苦難を喜ぶ親はいない。神はイスラエルの民を我が子のように愛し、その手で守り育んできた。だが民は、その神に反逆を繰り返し、神の怒りを買い、今バビロン軍の手で「虐殺」と言う悲劇に遭おうとしている。 この恐ろしい事件も、民を取り戻そうと民の目を覚まさせ悔い改めを求めての神の介入だ。 問題に遭遇した時、先ずは私たちのなすべきことは、自らを点検して悔い改め、神の許しと助けを願うことだ。

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