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2016/08/13

恐ろしい宣告とキリストのよる祝福の道

私はもう、あなたがたを飼わない。死にたい者は死ね。隠されたい者は隠されよ。残りの者は、互いに相手の肉を食べるがよい。 ゼカリヤ11:9
 この預言者ゼカリヤの言葉は、己の利得を図るだけで神を忘れた民とその指導者たちに対する忍耐も限界に達して、投げ出す際のセリフである。そしてそれは、神ご自身の心を表現した言葉でもある。確かに神は忍耐の神であられるが、悪を容認し続ける方ではなく、人が侮ってよい方ではない。  「わたしが、もう、この地の住民を惜しまないからだ」(6節)と、神が言わざるを得ないような罪と不信を、私たちは重ねてはならない。このゼカリヤの預言は、ユダヤの民の歴史の中に成就し、紀元70年、信仰の民の国家は消滅する。「私は、私の杖、慈愛の杖を取り上げ、それを折った。私がすべての民と結んだ私の契約を破るためである」(10節)との恐ろしい宣告が記されている。  だが、主イエス・キリストによって恵みの契約が再び与えられていることを、心から感謝し、信仰を篤くしたいものだ。

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