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2016/08/17

神の祝福の有無こそが、もっとも大事なこと

あなたがたは、盲目の獣をいけにえにささげるが、それは悪いことではないか。足のなえたものや病気のものをささげるのは、悪いことではないか。さあ、あなたの総督のところにそれを差し出してみよ。彼はあなたをよみし、あなたを受け入れるだろうか。──万軍の主は仰せられる── マラキ1:8
 自分の損得に関わることなら、多少の犠牲を払っても相手の好意を得ようと図る。時の為政者から好都合な許可を得ようと、立派な羊を揃えて贈り物とする。だが、真の神に対しては売り物にもならないような欠陥のあるささげるのに、何のためらいも覚えない。それは神を軽んじている証拠ではないか、と預言者は指摘する。 振り反って、私たちの態度はどうか。人への配慮以上に、神の意向を重く見ているのだろうか。人のご機嫌がどうであれ、神の祝福の有無こそが大事なことだと承知しているのだろうか。それが信仰者の当たり前の姿勢であり、私たちの人生を決定する要因なのだから。

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